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2021.04.28 (Wed)

高所恐怖の遍在

●どうもこんばんは。最近やたらと眠いのです。眠い以上は寝るほかないわけですが、どうも眠れば眠るほどに眠くなるのでずっと困っています。

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(2021.4.16 本八幡)

●駅のホームから空を見上げたら、駅前の古びた商業ビルのむこうから真新しいタワーマンションが顔を出していた。ベランダと思われる部分は、よく見れば壁は内側だけで、表に出ているのは柱とガラス窓だけだ。その柱は最上階を突き抜けて、いちばん上にはガラスもなんにも嵌まっていない、柱と梁だけの殺風景な藤棚のような構造がある。


【以下続き】

ビルの設計上必要なのか、ただの飾りなのかはわからない。ただ、何となく気持がざわざわする。あの何の頼りもない梁の上にのぼって、風にあおられる事を想像する。さぞ怖いだろうと思う。否、思うのみならずもっと直接的に怖くなって来る。電車がすぐ来たからよかったようなものの、もし無人の荒野に暮らしてあのビル以外に何も見る物がなかったら、と考えるとぞっとする。自分の立っている地面すら、すぐに信用ならなくなるであろう。

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(2001~04年頃 桜木町)

●高いところは怖い。小学生の頃はジャングルジムで嬉々として遊んでいたし、自分には高所恐怖症の気はないと思っていたが、よくよく考えると兆候はある。東京タワーは一度しか上っていないので忘れてしまったが、むかし行った横浜のランドマークタワーの展望室は怖かった。ガラスに歩み寄って下界を見下ろすと、ぐらりと平衡感覚が危うくなるのを感じた。この巨大なビルがまっぷたつに折れて、そのまま眼下の街へと落ちていくことを想像した。股下が寒くなるという例のやつだが、私の場合はそれよりも三半規管と足許に来るタイプらしい。
梅田のスカイビルも、よく覚えていないがあまりいい気分ではなかったような気がする。もっとも眼下の景色自体には興味があるので、現場ではそのポジティブな感覚のほうがやや勝っていたのは幸いであった。

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(2005.3 梅田)

●江ノ島の展望灯台は大丈夫だった。建て替わる前の展望灯台はもともと戦時中の落下傘塔だったという代物で、風が吹くとよく揺れたし、吹きっさらしでランドマークよりよほど危険だった筈だが怖かったという感覚はない(実際に落下傘をつけて飛べと言われたら別だが)。山上の展望台などは至って気楽なものである。もっとも、天橋立へ行ったときには「股のぞき」だけでは飽き足らなかったのか崖からガラス張りの桟橋みたいなのが突き出ていて、そうなると行かないのも心残りだから一応行ってみたけれど、そもそも無理に作らなければこんなイヤさも感じずに済んだのに…という感想であった。

●生まれてから2度しか飛行機に乗ったことがない。2度のうち1度は往復だから実質3便だが、国内旅行で飛行機をつかうという発想になかなか行けずに来たのはやはり怖いという意識があったからである。ただ、乗ったときの感覚を思い起こしてみると2度とも思ったほどには怖くなかったし「なるほど」という程度の感想であった。百鬼園先生思へらく、飛行機に乗るのもいいが、落ちるとあぶない。飛行機のこわさというのは結局この「落ちるとあぶない」である気がする。それは理屈のこわさであって、静止した展望室でガラスに歩み寄っていく感覚とは別種のものであろう。第一乗っているあいだは座席に座っているしかないから、足許がふらつく余地もない。

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(2020.9.17 香川県上空)

●百鬼園随筆には飛行機に乗っていて最初は面白がっていたのだが、ふと地面にうつる機体の影を見つけ、自身と下界につながりを見出した瞬間から急にこわくなった…というような話があったと思う。おそらく法政航空研の練習機か何かの話で、今の旅客機とは何から何までちがうし、実際そのへんの立ち木に「着木」した事もあったというから、墜落という未来もずっとリアルに脳裏をよぎったと想像する。
タワーマンションが怖いのは、こわさの根拠はだいぶぼんやりしているけれども、ある意味その逆である。ランドマークタワーでふらっと来た記憶があるから、地べたから見上げた高所に己の立つ余地があることがその眩暈を喚起する。考えてみれば、2階以上の建物とか橋のようなものは高さの差こそあれ、本来空中であった場所に視座を与えるものである。それが解体されれば視座も失われる。そう思えば意外に頼りないもので、あちこちにタワーマンションがばかすか建っている今、高所恐怖の引き金というのはそこらじゅうに仕込まれているのだなと思う。

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(2003年頃 大阪)

●実際には我々が普通に乗るような飛行機はまず滅多に落ちないし、高層ビルがポッキリ折れる事もまあないだろう。落ちると死ぬる事に関していうならば10メートルも300メートルも同じであって、むしろガードの甘い山上の展望台や低層ビルの屋上や家のベランダのほうがよっぽど危ない筈である。けれども、家のベランダから道路を見下ろしても足許がふらつく事はない。

●学生のころよくみた夢で、大股で走っているうちにだんだん一歩が大きくなり、街全体がトランポリンになったように跳ねては落ち、跳ねては落ちしながら進んでいって、しまいには20メートルも30メートルもひとまたぎに飛んでいくというのがあった。脚は柔らかいバネでも入っているかのようで、ふわりと着地してはまた地面を蹴り、風を切りながら、ちょっとした展望台くらいの高さまで上がっていく。見下ろした茶色い街並みと、モコモコしたブロッコリーのような木立の質感が、いまでも妙に記憶に残っている。
だから何という事もないけれど、それはいい夢であった気がする。
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